=曖昧慕子=


 月が夜空を泳ぐ時間。
 世の喧騒からほんの一通り離れた所に鴇はいた。
 それなりに早く歩いているためか長めの上着が風になびく。
 

 そんな静かな夜だから、背後の足音がやけに耳につく。
 自分が止まれば同じ動きをする音を3回確認。
 鴇はいい加減後ろを振り向いても良いだろうに、頑なに前だけを見つめ続けていた。
「振りむいちゃ…ダメだ」
「そーでもないって」
 ひょこりと眼前に現れた中条の表情―ちらりと見えた時は必ず輝いている眼なんか特に―
 は長い前髪に隠れて見えなかった。


 鴇と同じくBUS GAMERのコマに選ばれた男、中条。 
 よっぽど腕っ節に自信があるらしく、実際イキイキと敵を打ちのめす姿は1ヵ月程経っ
 た今でも覚えている。
 強いんじゃない、それをするべき人間なのだと鴇は思った。


 確かにチームメイトだ。
 だが、仲間じゃない。
 メールアドレスは知っているけれどそれを友達というくくりと同義のものとされたら人
 類皆友達計画が始まってしまうだろう。


 結局のところ、中条が自分に話しかけてくる必要性が感じられなかった。 
「用?」
「用ってほどのことじゃねぇよ」
 タイプの女かと思って声をかけようとしただけだと続けた。。
 嘘だとわかっていた。


 そんな種類の人間じゃないことは明らかだからだ。
 人を遠ざけどれだけ身体をつなげても心だけは遠くに置いてくる、そんな男。
 1度の交わりで鴇はそれだけを感想として持った。
 慣れ合うつもりはないと行動で表された、たったその1回で。


「こんな夜中にどうした?迷子か?」 
「あぁ、迷子だ」
「あのなぁ…そんな無意味な嘘つくと悪いお兄さんにラチられちゃうよ?」
「悪いお兄さんに言われたくない」
「そりゃそうだ」


 ただ、散歩をしていただけだった。
 忙殺しようとしていた記憶を掘り起こしながら。
 近くに廃墟や廃ビルは無かったか。
 また、ゲームに使われそうなものは何か。
 知っておくにこしたことは無い。
 そう自分に言い聞かせ、忘れたくない記憶をつなぎ合わせていただなんてそんなこと、
 言う気にもならない。
 というか言う必要が全くない。


「じゃぁな」
「美柴ァ、割の良いバイトとか知んない?」
 突然の質問に鴇は自分のバイト先を思い浮かべたが教える必要はないと判断する。
「なれあう気はない」
「だわなぁ。お店の雰囲気に合わせて僕にも彼氏ができましたぁとか笑えるし」
「っ―」
 別にあの店で働いていることを知られるのは構わなかったが言い方が癇に障る。



 俺は堕落しているのかもしれない。



 とっさにでた左拳はやすやすと中条の右の手のひらにべちっと音を立てながら収まる。
 加減したつもりは少ししか、無い。
「ご親切にどうも」
 ちゃかすように口は動き指が絡む。
「加減するとかツメが甘いってな」


「さぁ、行くか」
 どこへとは聞かない。
 どうせこれから相手と自分の境界が分からなくなるような事をするのだろう。
 全てが曖昧なこの二人の間で確かなことは、拳が受け止められたのは鴇にとって予想外
 では無かったこと、それだけだ。
 






 中条さんは面食いと言うか許容範囲が狭い人だと思います。  鴇はその点顔パス。  というかこの中条さんなんかウザい。   <<