=金剛石に似た人=


 最近あいつの様子がおかしい。
 否、可笑しいのはもともとか。
 いつも女どもにクネクネしやがる。
 男どもにだってそれなりの愛情を垣間見せる。
 俺のことを恋人だと呼んで頬を染めたあの時のお前はどこにいった。



 夜風が冷たい。
 見張りをしながらそう思ったわけだ。
 よく考えたらこの新しい船の見張り台は壁に囲まれている。
 その時気付く。
 あぁ、寒いのは心か、と。


 酒でも飲めば温まるような気がして食堂に向かう。
 そういえば「食堂じゃねぇ、キッチンだアホ」とか言っていた。
 でもそれも少し前のことだ。
 今あの状態のコックじゃ素通りすることだろう。


 扉を開く。
 気配にはそれなりに敏いコックのことだ。
 俺がここに来ることは数十秒前には認識していただろう―
 だろうに、流しに向かうコックは少し肩を震わせたのだった。

 
 避けられている。
 そんな言葉が頭をよぎるが言葉で聞いたわけではない。
 第一、俺は人の思考に酷く疎い。
 笑顔で隠すコックの思考なんぞ尚更だ。


「酒もらってくぞ」
 棚から適当に二本取り出す。
 おぅ、とかなんとか言いながら振り向いたコックがこちらに飛び出してくる。
「それはてめぇ用じゃねぇ」


 珍しく掴みかかってきた腕は首に伸びる。
 絞められる、そう思ったら腕はすぐ場所を変え、酒を入れている棚に向かう。


「これはなぁ、ナミさんとロビンちゃんが飲む甘い酒だ。
 …ったく、ほらよ。剣豪様にはこっちがお似合いだ」


 さっきのはなんだったんだ。
 差し出される手には緑色の糸くず。
 こんな色の服を今日、誰かが着ていただろうか。
 腹巻きより少し明るい―そう、俺の髪くらいの糸。


「ついてんぞ」
 そう言いとってやるとコックは慌てだした。
「って、てめぇの髪がこんなところに付くとわな。
 禿げるんじゃねぇの?お可哀想な頭の剣士さま、ってか」
「髪じゃねぇ。こりゃぁ糸だ」
「そっ、そりゃ良かったな。
 さぁ、フサフサの剣士さんは見張りに帰れ」






 何かおかしい。
 霜月のような冷たく、それでもまだ手加減しているような風が吹いて
 来る。
 冬島の海域だったろうか。
 どっちかってぇと秋みたいな寒さだな。
 腹巻きに酒を突っ込み熱燗にすれば良かったと思った。


 今日も敵船の姿無し。
 灯台の光も無い。
 めっきり見えない星に曇りだと教えられる。
 光がないだけでこんなにもこの世は寂しい。


 気付けば修羅道だけになっているのではないかとふと思う。
 それもあのコックに惹かれてしまってからだ。
 もちろんルフィは器のでかい男だが修羅道は共に歩んでしまいそうだ。
 一緒に迷ってくれるだろう。
 だが、道を照らしてはくれない。


 自分の通る後ろには屍が山積みに重なる。
 両脇にはひきずり落とそうと目論む絶え気味の血濡れた腕。
 その先にも見方なぞいやしない。
 そんな麗しくも暗い阿修羅道。


 一人が寂しいと思うのは弱くなった証拠なのか。
 師匠の笑顔がふいに浮かんで、消えた。
 


 コックが、来る。
 憎まれ口を叩きながらもとっくりとつまみと何かを持って。
「おら、飲め!」
 猪口を渡され注がれたものからは湯気が出ていた。
 先ほど欲しいと思ったものだ。
 俺と違って人の感情に酷く敏い。


 つまみを俺の前に置いたコックは黙りこくった。
 帰るそぶりは見せない。
「なんか用か?」
 返事は、無い。
 代わりに、何か包みが音を立てる。
 

 一時ばかりの無言。
 コックは口がまわってこそのコックだ。
 だから俺が聞く。
「それ何だ」


 
「やるよ」



 包みを置いてコックは階下に降りて行った。
 丁寧に緑色のリボンで結ばれたそれを解く。
 中からは緑色の腹巻きが出てきた。
 





 夜は明けた。
 朝食の匂いを感じ、眠気がやってくる。
 今日もたたき起こされるのだろうか。
 たたき起こされたいのか。
 自然と瞼が閉じる。
 カツカツ、と下の方からコックの足音がした。
 

 それが止まる。


 来ないのか。
 起こしに。
 瞼は閉じながらもいやにはっきりした思考。
 

 重たい瞼をこじ開け音も立てずに降りる。
 それでもわかっているはずだ。
 なんせ奴は酷く俺の気配に敏い。


「おっ、丁度起こしにいくとこだったんだぜ」
 驚いたふりなんてしやがる。
「今朝のことだが―」
「みんな待ってっぞ。早く来いよ」
 振り向いて行ってしまう。


 その腕を強く引いた。
「なにすんだ―」
「礼を言う」
 振り払おうとする腕もまとめて抱きしめる。
「起こしにきてくれてってか?
 柄にもねぇことすんなよ」
 けんかに発展させるきか。
 その手にはのらねぇ。
「あれは大事にしまっておく」 


「・・・使えねぇっていうのかよ。
 知ってっか?首の太さの約倍がウエストなんだ。
 だから昨日測ったってのによぉ…」
 どんどん声が小さくなっていく。
「使わないなんて言ってねぇ」
 


「鷹の目と決着をつける日が初舞台だ」


 
 食堂から俺とコックを呼ぶ声がする。
 腕を無理やり解いたコックは女にするように、扉を開いて手をこちらに広げてくる。
 顔は真っ赤だ。
「主賓は真ん中の席にどうぞ」
 バラティエで初めて見たときの様だった。


「早くお座りくださいって言ってんだマリモ剣豪様が」
 あの時とは違う。
 確かにうちの船のコックだ。


 食堂に一歩足を踏み入れる。
 破裂音と紙吹雪が降ってきた。



「お誕生日おめでとう!」



 俺は呆然と立ち尽くした。


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