=吐く息=


 控え目なノックの音。
 ぼくの部屋に足を運ぶ人間としてはかなり稀なタイプだ。
 大抵は・・・。
 大抵って言うほど人はこないけど。


 哀川さんならまるで始めから開いていたかのように入ってくる。
 ものすごい錠開けのテクニックはむしろ尊敬の位置だ。
 みいこさんならノックはノックでもぼくが中にいることをわかっての行動だ。
 早くでないと「いるんだろ?」と声がかかる。
 もっともそれまでに扉の前に飛んでいくけど。

 
 なのですでに二人にしぼられる。
 家出兄妹のどちらかだ。
「はいはいー」
 人物当てもこのくらいにして扉を開けた。
 どちらにしろ萌太くんの給料日前なはずだから食糧の話だろう。
「残念だけど無いよ」
「何がですか?」
 紫煙をこちらに吹きながら問いかける美少年がいた。


 相も変わらず男のぼくでさえ惚れ惚れする美貌だ。
 それでも崩子ちゃんのようにからかいたいとは思わない。
「僕の用事はいー兄ですよ?」
 数倍返しの報復が怖いからだ。
 流れるような手つきでタバコが捨てられ、そのまま手が首に伸びた。
「吸殻はあとでちゃんと回収しますんで」
 にこりと微笑まれてもそんなこと聞いていない。
 暗転―。






 喉仏あたりとでも言おうか。
 とにかくそこらへんを押すと完膚なきまでに息ができなくなる。
 絞める場合と違い、隙間もへったくれもないのであっという間に気は飛ぶ。
 もっとも、萌太くんは手刀で気を飛ばしてくれたわけだけど。
「気絶させといてすることがこれ?」
 なんて今の世の中平和なのだろうか。
「愛してますから」
 答えになっていない。


 さて、ここで状況説明をしよう。
 ぼくは座っている。
 萌太くんのひざの上に。
 以上。
 ・・・何、これ。
「すみません、無理やり。
 でもこうでもしないとこんな暑い日にいー兄に触れることができないと思ったんです」



 ぼくを愛しているという少年はひどく愛を知らない。
 偽りだけは息をするように、紫煙のように吐けるのに。
 

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