=色気より食いっ気はたまた=


 じっと立ちつくしている。
 スーパーにはあまりにも不似合いな男が1人。
 気がふれているとしか思えない髪の色に抜群のファッションセンスが拍車をかける。
 パステルカラーがこんなに目に厳しいものだとは思わなかった。
 オレは買い物かご片手にため息をついた。


「おい雷光」
 葉物の野菜の前で立ったままのそいつに話しかける。
 自意識過剰なほうじゃないはずなのに周囲の視線が気になる。
 そりゃそうか。
 オレ1人だって十分目立つのだ。
 なのにピンクで顔だけ見りゃそこそこで背丈もそれなりにでかい奴がいたら誰でも見る。


「なんか食いたい物あんのか?」
 普段は腹がたつほど饒舌な癖に指だけで示しやがった。
 なんか怒らせるようなことしたか?
 だいたい連絡もなしに来て晩飯食わせろだなんて常識ある人間のすることじゃない。
 …ピンクい頭した奴に常識を問うオレもどうかしてるけどな。


「カニ鍋?」
 今度は首肯と来たもんだ。
 何様だよおまえ。
「まだ秋な訳?この意味わかるか?
 蟹は美味ぇよそりゃしってるけどよ、冬のもんだ。
 あ?冷凍のがあるって?
 旬に食べてこそ日本人だろうが。
 旬の利点は美味くて安いだ。
 いや、カニは安くねぇぞ、比較的って話だ。
 わかったら無茶言うな」


「これほどまでに懇切丁寧にお願いしているのに?」
「やっと口開いた奴がそれを言うか」
「…誕生日なんです」


 おい、今なんて言った。
 誕生日?
 ハッピーバースデーツーユー?


「聞いてないぞ」
「言ってないですもん」
「もんじゃねぇ、なんでそんなこと黙ってたんだ」
 足が勝手に動き出す。
 蟹だろ、一番高いの買ってやらぁ。
 白菜にネギ…あれ、家にあったっけか?
 無かったらなんだ、買っとこう。


 あとはむかつくピンク色したカニ鍋のもと。
 それにうどんも忘れちゃいけない。
「雑炊のほうがいいです」
「どっちも食べんだろお前らなら」
 それに宵風が急に帰ってくるかもしれんしな。
「宵風くんは帰ってきませんよ」



 ………。
「おい、お前エスパーか」
「いえ、先輩がおっしゃるにはエスなだけです」
 上手くねぇ。
 あまりのボケに心の中だけで突っ込み終える。


「っでなんで宵風が帰ってこないって言えるんだ」
「今日は帰ってこないでって言いましたから」
 おーい、いつの間にお前ら喋った。
 保護者の俺が知らないうちに仲良くなりやがって。
「別に仲良しってわけじゃないんですけれどもね」 
 今回も突っ込まない。


「というわけなので祝ってください」
「家帰ってからな」
 つい目立つ行動(叫ぶ、スーパーを早足で駆け回る、魚を調理しますの兄ちゃんに蟹を
 生で出せなんて無茶を言う)をしちまったオレらの注目度はピークに達している。
 それでもとりあえずおめでとうと聞こえないように呟いた。


「プレゼントは先輩でいいですよ」 
 聞こえたのかよ、とか何てこと言いやがる、とかなにより恥ずかしいやらでもう2度と
 このスーパーに来れない気がした。
 

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