=あなたを繋ぎとめるものは= 「今更な質問、してもいいですか?」 壁を埋め尽くしたメモを眺めながら雷光は言った。 明日0時締切の原稿がようやく終わる兆しを見せ始めたころだった。 先ほどからぱらぱらとメモを玄関から順に読んでいると思ったら今度は質問だそうだ。 おおよそ予想はついている。 「なぜこのように部屋中にメモが貼ってあるのでしょう? そういえば車にも」 ほら来た。 「お前を乗せるときにつけてた覚えはないんだけどな」 たまにこいつはストーカーなんじゃないかと思う。 「たまたま見かけたことがあるんです」 「はいはい了解」 ついでにエスパーも追加な。 「質問に答えていただけますか?」 口調に丁寧さが増す。 もともとオレに対するこいつの話し方は回りくどくするためと人を小馬鹿にするための ものだからこの変化は大きい。 雷光は、苛立っている。 「忘れるだろーよ、これでも仕事はかけ持ちだからさ。 情報は混ざってもいかんし忘れたらなお悪い」 内容を見た時点で気付いてただろうに。 「メモ、増やしていいですか」 「勝手にしろ」 勝手知ったる人の家と紙とペンを取り出して床で何か書きだす。 「それ油性じゃねぇだろな」 床についたらどうしてくれんだ、なんて言っても無駄か。 人が困ることを喜んでするのが清水雷光という男だ。 「雷光大好きだで良いですか?」 蛍光ピンクで書かれた文字がてらてらと光っている。 「…言い訳あるか」 にしても汚い字だな。 見た目とのギャップにはとうに慣れたつもりだったがやはりまた騙された。 繊細そうな見た目と違って中身は妙に男らしくできている。 その癖、人の上げ足は満面の笑みを浮かべてとる。 「そうでもしなければ忘れちゃうんじゃないですか?」 「あのなぁ、人を痴呆症みたいに言うなよ。 いや、この場合は若年性健忘症か?」 「図々しい」 ぺっと唾を吐く真似をしてこちらを見てくる。 若さか? 27は年だってかこの野郎。 「いや、それはどうでもいいんだよ、どうでも良かねぇけどさ。 …そのメモの中に和穂は俺の妹とか書いてあるか」 どうせ全てをチェックしての今日の質問だろう。 いつも仕事をしている間、壁ばかり、メモばかり眺めていたのだから。 「忘れない、というでしょ?大事なことだから」 「どうだかな」 引き出しには手帳がある。 宵風のことを書いたもの。 そして、毎日のことを綴った日記。 「オレは薄情なんだよ」 「ならこんなメモ、残しません」 「仕事のためだって言ってんだろ。 これが無きゃ食ってけねぇんだから」 忘れてしまいたいんだろう、全てを。 だから記憶から零れ落ちる。 「貴方は覚えている、本当は」 「どんだけ頭良いんだよ」 それだけですと雷光は笑う。 「だから覚えていてください。 記憶があるうちは貴方は消えない」 「誰が消えるってんだよ」 あぁ、やはりこいつは超能力者だ。 欲しい言葉を的確に与えてくれる。 これじゃどっちが年上だかわかったもんじゃない。 「私を愛してると」 「んな訳あるか」 <<