=桃色脳細胞=


「お前変わったな」
「突然何です?
 セクハラですか?」
 勝手知ったる人の家と言わんばかりに自分の飲み物を注いでいた雷光は仕事の最中だと
 ばかり思っていた雪見の台詞に少し驚き振り返った。


「いや、色だよ髪の」
「あぁ、この色にしてからお会いするのは初めてでしたかね」
 緑からピンクに変えてからまだ数週間しか経っていない。
 とっくに違和感が無くなっていた雷光にとって雪見の言葉は意外でしかなかった。


「…っでなんでまた」
「イメチェンです」
「基本的にお前にゃカタカナ語が似合わんな」
 鼻で笑うように言われて少し腹が立つ。
 なんせ相手は自分より7つ年上。
 四捨五入すれば三十路なのだ。
「ピンク色にしてみました」


「あー、やっぱ似合わねぇわ」
 その言葉に少し気持ちが落ち込む。
 髪色が似合っていないだなんて言われて喜ぶ人間はいない。
「気にいってるんですけれどもね」
「髪の話じゃなくてカタカナの話」


「じゃぁ似合ってますか?」
「似合ってる似合ってる」
 棒読みと呼ぶに相応しい感情の入り具合に一度浮き上がった気分はまた沈みだす。


「言葉とは元来思いを伝えるためのものだと思います」
「あまりに奇抜な色過ぎてつっこみきれないんだよ」
 いっそ腹が立ってきた。
「あれ、先輩、心中がだだ漏れですよ」
「何言ってんのお前」
「私に突っ込みたいって」
「頭ん中までピンクにしてんじゃねぇよガキが」



 再びキーボードをカタカタし始めた雪見にため息しか出ない。
 なんでこんなところにわざわざ訪ねに来てしまったのだろうか。
「ねぇ…聞かないんですか、ピンクの訳」
「イメチェンだろ」
「人の言葉を真に受けるだなんてまだまだ青いですね」
「そうやってあげ足取るところがガキだってんだよ。
 だいたい矛盾してんのはそっちの方じゃねぇか」


「っで?」
「はい?」
「だから、なんで?」
「あぁ、髪のことですか」
 それ、と適当に返された言葉はこの際、聞かなかったことにする。
「本当は赤にしようと思ったんですよ」
「まずはそこから聞けってか?」


「俄雨がね、勉強していたんです。
 どうやらもうすぐ定期考査があるそうで」
「そういやテンパ君は高校生だったな」
「えぇ、そうなんです。
 どうも表では意外と秀才のようで―」
「見て分かるだろ、あのほら、マメなとこ?」
「バカな子だと思ってたんですよ」
「まぁお前に対してはな」
 羨ましくなるほど純粋な眼をしながら子犬の様についてくる様は、つい捻くた物の考え
 方をしてしまう雷光には少し頭の足りない子に写っていた。
 もちろん俄雨の努力も生真面目さも知っている。


「っでですね、少し興味を持ったので覗いてみたわけです教科書を」
「ほぅ、ちなみに教科は」
「物理です」
「いやいや、あいつ文系だろ」
「算盤が得意なんですよ、確かオリンピック級です」
「ねぇよ、そんな大会。
 っていうか無意味に嘘つくなよ」
 算盤オリンピックとは果たして存在するのだろうか。
 頭の片隅で考えながら会話を続ける。


「癖なんです。
 でも俄雨が算盤を特技としているのは事実です、恐らく。
 あとオリンピックは真偽の程は定かではありません」
「恐らくってお前なぁ…」
「世界は広いですから。
 なんなら先輩調べてくださいよ、せっかくパソコンあるんですから」
 インターネットで調べれば分かるはずだ。
「あ、そっちの話な―って嫌だよ。


 っでなんだっけか…あ、あれだ。
 物理の教科書がどうしたって?」
 忘れていた。
 雪見と話しているとつい話が脱線しがちな自分に雷光は苦笑するしかなかった。
「そんな話ありましたね。
 私が開いたのは光の頁でした」
「それで?」


「光は大きく分けて7種類の色に分類されています」
「それは知ってる」
「私は知りませんでした」
「………それで?」
「光は波で赤が長いんですって」
「波長の関係でプリズムに通したら虹色に見えるって奴か」
「その辺りは知りません」


「…適当だな」
「淡白なんです」
「もう何も言わねぇ」
 残念、と雪見をいじることを最大の生甲斐にしている雷光は呟いた。


「最近少しだけ命が惜しくなってきたわけですよ」
「そりゃめでたいな」
「赤の長さにあやかりたいなぁ、なんて思った次第です」
「鰯の頭でも飾ればいいんじゃねぇのか」
「先輩は信心なんて欠片も持ち合わせてないタイプですよね」
「自分しか信じられないのさ」


「…かっこつけたつもりですか、ダサい」
「うっわ、お前に言われるとすげームカつくんですけど」
「そのバンダナなんですか、お洒落なつもりですか?
 頭蒸すと禿げ易くなるんですよ」
「そんな噂信じねぇよ。
 なによりお前こそ髪の色ころころ変えやがって傷んで仕舞にゃ禿げんぞ」
「大丈夫です。その時は先輩も道連れですから」
「なんでだよ」
「引っこ抜いてやります」
「…精々自分の髪労わってやってくれや」


 もう話したかったことは終わった。
 雷光は悪口に拍車をかける。
 あとは喧嘩のように言葉のじゃれあいを楽しむだけだ。



 貴方と少しでも居たいからだなんて言わない。


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