=役立たずの鎧=


「何故、貴方は彼を選ぶのですか」
 彼という言葉に思い当たる節が一瞬無かったのであろう。
 先輩は愛らしく(良い年の男性に言う言葉では無い。末期だ)首を傾げた後、宵風か、と
 呟いた。
 首肯する。


「なぜ彼なのですか」
「2回も言わなくたって聞こえてるっつーの。
 それともあれか?
 その質問は正しくないとでも注意してほしい、とか」
「超能力者気取りですか」
 シャツを脱ぎ、投げた。
 先輩めがけて。


「何しに来たんだよ」
「ナニでしょ」
「親父か」
「先輩に言われたくありませんよ」
 フローリングに腰をすえ、身につけているものを徐々に落としていく。


 やっとパソコンのディスプレイから眼を放した先輩は衣擦れの音で分かっていたろうに
 目を丸くして私を見た。
「冗談はよせよ」
「冗談で他人の家で全裸になることなどまずあり得ません」
「そのありえねーのがオレの目の前に居るんだがな」
「引っ越さない貴方に言われたくありませんよ」


 先日、裏切りと言っても過言ではない行為をしでかした彼。
 練習でなく交える刃を思い出すと身体が火照り出す。
「だからー、まずオレは裏切っちゃいねぇしだいたいライターがちょくちょく住居変えた
 ら来た仕事もパーじゃねぇか」
「でも貴方は探している」
「宵風を、ってか?」
 そう、彼を。


「恨みませんけどね」
「宵風が居ない部屋に当てつけの様に訪れるお前…実際そうだろうしな。
 …仕事のあとに寄るなんてあのガキ、寂しがってんだろ」
 俄雨には先に帰るよう言い聞かせた。
「あの子は子供じゃありませんから」
「さながらお前がガキってか」


 えぇ、わかっています。
 分かっていますとも。
「十分に理解していますよ」
「真顔でほらふきやがって」
 声は苛立っていると分かるものであった。
 感情が、隠せない。
 そんな、私。


「ねぇ先輩。
 私、嘘つきなんです」
「知ってるよ」
「ご存知なら言いますよ」


「私は貴方を恨んでいます」
 ほんの数瞬、驚いたふりをして見せたのは先輩なりの優しさだろう。
 なぜなら後に続く言葉があまりにも的確すぎたから。
「それで全部か?」
 この人に隠し事はできない。
 きっと惚れた弱み。
「…何故、彼なんですか」
「言ったろ、昔のオレがかぶって見えちまうんだって。
 さ、他には?」



「何故、私じゃないんですか?」



 溜息、ときどき笑いそうになるのを必死にこらえている顔。
「そんなこと聞きにわざわざ来たのね、お前は」
「違いますよ、私、嘘つきなんです。
 先輩が好きなんです」
 おかしくて言葉が笑いの波に飲み込まれて揺れる。
 くだらないごまかしに付き合ってくれるほど先輩は甘くて優しい。
 だってこんな遊戯にもつきあってくれる。


「知ってるよ」
 短く返される言葉に無償の愛を感じるのは気のせいじゃないと思いたい。


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