布教交友


「不法侵入ですね」
「不幸は親友さ」
 意味の分からない返答をする男をセバスチャンは視界から外した。
 錠開けに使ったのであろう針の先が袖から覗いている。
 まったくもって悪気のない男だ。
 もしくは悪気だけど構築されているのかもしれない。
 貿易商でマフィアの幹部である劉"大人"なのだから。
「坊ちゃんなら教養のお時間なので客間に居てください」

「おや執事君、釦が外れかかってるじゃないか」
 指さされた場所を見ると確かにそうだった。
「失礼しました。着替えて参ります」
 人間の前で再生して見せるわけにもいかず、辞退を申し出た。
 ところが手を広げて道を塞がれてしまう。
 手品のように指の股から針を出して見せて彼は笑った。


「今日はね、針をたくさん持っているんだ」
 七色の糸を通した侵入に使われたであろう針を見せられる。
 いつも持ち歩いているだろうに偶然と言い放つ様にはもはや感嘆しか浮かばない。
 人間は不可解な嘘をつく。
「中国云千年の歴史だなんて嘯くつもりはないけど肖りたいじゃないか」
 何をとは聞かなかった。
 興味がないからだ。

「そういえばね、執事君」
 着席を促されて仕方なく正面にするセバスチャンを呼ぶ。
「ハニートラップを知ってるかい」
「性的誘惑による情報の漏洩を指すものでしょうか」
 身も蓋もないねえと笑った。
 恥も外聞もないですねとは言わなかった。

「東洋人ってのはどうもその手の人間には効果的らしいね」

 溜め息しか出なかった。
 どう返してほしいのだろう。
 どんな反応をすれば喜ぶのだろう。
 ああ、坊ちゃんは良い、分かりやすくて。
 解読不能なら完璧にそうであれ。
 理解の放棄が出来るから。
 変に人間らしい顔をするから嫌になるのだ。

「あなたには出来そうもないですね」
「人を見た目で判断しちゃいけないよ」
 実際に我は英国に居るじゃないかと彼はしたり顔で言った。


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