ダニット 「ウィルがね、そう、ウィルが言ったの」 豹変した彼が言う。 ああ、失礼。 彼女と呼ぶべきなのかもしれない。 赤い彼は我の部屋に、最初からあったように立っていた。 ふと、目が覚めたのだ。 外の人間は誰も気づいていないらしい。 招かれざる人間の存在に。 人間、ね。 あまりの現実味のなさに呆然と無意味なことを考えた。 応用のきく人間じゃないんだ、我は。 ウィル、そう、ウィルなの。 繰り返し誰かの名を唱える素振りはまるで自分を納得させているようだった。 他にもっとケアすべき人物が居るんじゃないかな。 赤い彼はマダムレッドの執事くんだった。 そして、マダムと一緒に姿を消した。 「あいつったら朴念仁。 こんなに魅惑的なアタシに見向きもせず命令するのよ」 事後処理をして来い、ってね。 口調も違う。 見た目も所作も性格も全部が全部、彼を思い出させるようなヒントにはならなかった。 でも、変わる様をまざまざと見せられてしまった。 「でも彼の言うことってムカついちゃうけどいつも正しい。 だからアタシ今回だけは真面目に聞こうと思ったの」 赤い彼になる姿を見せつけられた。 そして察した。 藍猫に気付かせないような立ち振る舞い、動いているように見せてぶれない重心。 「はじめまして、ラウ。 アタシはグレル。 グレル・サトクリフ、職業は死神DEATH☆」 伯爵、我は君に謝罪をするべきなのだろうね。 マダムレッドは女王の番犬に殺されたのだと信じてやまなかった。 「記憶を消すの、今から、あなたを、アタシが」 言葉を区切って言わなくても、一言一句聞き違えなどしない。 鮮烈に記憶に貼り付く粘着質な声。 「アンタって結構おもしろいと思ったわ」 もっとも、前の姿じゃろくに話なんて出来なかったんだけどね。 小さな鋏を取り出しながら彼は微笑んだ。 「動じないし、怯えない。 適当だし、的を得てる」 「心外だなあ、我は十分に畏怖の念を抱いている」 絞り出した言葉を鼻先で笑って彼は続けた。 「あの子たちみたいに後ろ盾もないのに当然のように現れる、関わる。 ほんと不思議、本当に面白い」 昔話をするように細められた目は輝いている。 「…だから、虐めたくなっちゃう」 開かれた口から赤が漏れ出す。 我に真実を伝える意味は、接触の理由は。 理解できない、分からない。 やはり我は駒なのかな。 駒に全体は見渡せないし、行動は自由にならない。 赤は欲望、彼の望みは一体―。 <<