狸奴グラフ理論 「なんのつもりかしら」 喉元、皮1枚分にも満たない隙間で突き付けられた針の持ち手にグレルは問う。 人間相手なら致命傷にもなるだろうそれも死神の身体には擦り傷と変わらない。 けれど驚いているふりをした。 慄く真似をした。 目を開けて飛び込んできたのが見知った顔だった、理由はそれだけだ。 間違って殺害でもしてしまえばウィルに怒られるかもしれないというのもあったが。 「どうして君はここに居る?」 「大層な質問ね。 アタシはここに存在するから居る。 それともこう答えればいいのかしら? 我思う、故に―」 言葉が途切れる。 遮られたわけではない。 身動きするために止めたのだ。 「物騒な男は時に魅惑的だけれど感情的なのはあまり好きじゃないわ」 小さくされてしまったデスサイズが針を挟む。 男のため息が聞こえる。 「君は一体何者なんだろうね」 「あら、通りすがりの美人よ。 アナタこそ誰なのかしら?」 自分は知っている。 マダムレッドの友人と言っても差し支えのないこの男のことを。 アタシは知っている。 冴えないスッピンの執事が自分であることを。 けれど、この男は違うはずなのだ。 まるで対照的な役柄を演じていたアタシの素顔を見て、認識できるはずがないのだ。 正体は明かしていないのだから。 「東洋人は似た顔に見えるんだってね。 我も実際感じたよ。 西洋人の顔はどれも似たり寄ったりだと」 「じゃぁ人違いじゃないかしら」 そうだよねと頷く男は少し、瞳を露出した。 射抜くような眼という感想を抱く。 「はじめまして、グレル・サトクリフ。 我は劉。 とある貿易会社の英国支店長だなんて肩書きを持ってるんだ。 仕事柄、人相ってやつには少し敏感でね」 にこりと胡散臭く笑い、こちらを見つめ続ける。 「マダムは我の何だったのかと問われると今でも答えに困るけれどさ。 それなりに仲良くしてたつもりなんだ」 「目的は何?」 「そんな大層なことじゃないよ」 大きくかぶりを振る。 ただ、真実ってのをこの目で見たくなる日もあるってことさ。 眼力に悪寒にも似た震えが走る。 「バカバカしい」 「そんなこと知ってる」 だるそうにベッドから身体を起こし、劉は楽しそうに笑った。 噛みつかれた喉元をさする手も心なしか軽い。 「ネズミの駆除は我の役目だったんだ」 最も、君は東洋の顔はしてないから管轄外なんだけどねと続ける。 「アタシがネズミ? 捕まったのはあんたのほうじゃない」 マダムの最後を知ろうとして、連れ込まれて。 酷使された腰に手をやり劉は立ち上がる。 そして気づく。 劉は聞きたいこと、知りたいことを方法はどうであれ得てしまったのだ。 やけに手慣れていたような気さえしてくるからおかしい。 あっけない終幕に思わず声が出た。 男の進む道がやけに細く、危険なものに見えたのだ。 なのに言葉は気持ちを組み込まず、ただ発せられる。 「アンタには鼠捕りがお似合いよ」 「精が出るよ、ほんとにね」 <<