=ささやかな祈り=
教えられた暗証番号を押しかけて手を止める。 リセットボタンを押した後代わりにコールした。 無言のまま扉が開く。 彼はベッドにだらしなく転がったまま、首だけをこちらに向けた。 「お疲れみたいですね」 「身体の方はいたって正常だ」 冗談めかして答える彼の顔に笑みはない。 ごくまれに、こんなことがあるのだ。 なんの前触れもなく。 「自己嫌悪ですか」 「あぁそうだな」 わざわざ言葉にして確認すると力なく返事が返ってくる。 「貴方らしくない」 「たまにはそんな日もあるさ」 「…僕は自分のこと、大嫌いですよ」 打てば響く声も今回は無かった。 「きっと貴方もわかっているでしょうけれど僕は自己嫌悪の塊です。 僕なんか嫌いです。 好きになれる要素なんて1つも…これっぽっちもないんです」 訂正を入れる。 1つだけ自分を好きになれる欠片を見つけたから。 「少しはあるんだな」 兄貴肌の彼はすっかりいつも通りだった。 「貴方のことを好きな僕のことだけは嫌いじゃありません」 「その言葉そっくりそのまま返させてもらおうか」 まだ少しだけぎこちなく笑いながら彼は立ち上がった。 「まさかお前、俺に説教するために来たんじゃないよな」 「もちろんですよ」 差し出された手を取って僕らはベッドにもつれるように倒れこむ。 大の男2人は少しばかり重荷らしくぎしりと嫌な音がした。 僕は彼を癒せない。 少しばかりの間、こうして彼の気持ちを悲しみから遠ざけることが出来ているはずだと信じ ているだけで、もしかしたら一瞬すらも役に立っていないのかもしれない。 「愛して…います」 どれ程たしになるか分からなくてもただ気持ちを伝える。 自分のために。 あわよくばロックオンのために。 ずっと一緒に居られればいいのに。 そんなことが起こる可能性なんて1%もないと分かっているのにそう考えてしまう。 だって僕は超能力者じゃない。 彼が悲しみに1人、立ち向かっている時、今日のように訪ねてこれるとは限らないし、気づ くことすら出来ないかもしれない。 僕は良い。 ただ彼に悲しみは似合わない。 エゴだってわかっている。 押しつけもいいところだ。 けれど今この時だけでも― <<