=Dope=
本当に断片でしか見ていなかったけれど、彼の戦闘能力は異常だった。 もしかしたらロックオン…ニールより優れているかもしれないとさえ思う。 あの時は4年経ったから彼も変わったんだなと思ったけど、現実は違った。 別人なのにあの精密射撃。 最近仲間になったという彼は、それは酷く僕の好奇心をくすぐった。 「彼、訓練生だったのかな?」 4年前なら守秘義務だと言って、きっと誰も答えてくれなかっただろう。 特にティエリアは。 でも、少し丸くなった彼にならと思って聞いてみた。 守秘義務だなんて関係なしに人それぞれの事情に首を突っ込むことはあまり良いことではな いと分かっていても気になったのだ。 「ライル・ディランディはカタロンの構成員だそうだ。 ―もちろんカタロンについてはこのあいだ話したばかりだ、覚えているな?」 「うん、反政府組織でしょ」 小さく頷いて彼は話を続ける。 まだ世界の情勢を把握しきれていないから質問に答えられて少し嬉しかった。 時代に置いていかれているという焦燥はソレスタルビーイングに帰って来たときからずっと 僕の心を苛んでいる。 「モビールスーツにこれまでに乗った経験は無いと本人は言っている。 まぁ、確かに訓練の時、乗りなれない様子ではあった。 …だが疑念は少々抱いている」 「僕が言うのもなんだけどさ、急にロックオンの双子が現われてしかも彼と同じ狙撃手、能力 値がロックオンと変わらないどころか増しているって状況に胡散臭さを感じるところはある、 よね。現実的じゃないというか何て言えばいいのか分からないけれど」 多重人格よりは現実的だがな、と彼は小さく笑った。 ティエリアはよく笑うようになった。 人を小馬鹿にした様な感じは変わらないけれど、冗談を言うなんて昔の彼からは想像もつか ない。 見た目は変わっていなくても確かに時間は流れていたとのだと思い知らされる。 4年、それは短い時間では決してない。 それはなぁ。 廊下の方から声がする。 「双子の神秘ってとこじゃないのかね」 「…!」 噂の人物、ロックオン・ストラトスが立っている。 展望台だなんて公衆の場で悪口のようなことを言っていたことを後悔した。 彼は仮にも僕らの仲間なのだから。 彼の突然の登場にうろたえる僕と違い、何事もなかったかのようにティエリアが彼に言う。 「今はまだ射撃訓練の時間だったと記憶しているが」 「固いこと言いなさんな、休息は大事だ。 そうだろ、アレルヤ」 僕に話が振られる。 彼と同じ声で呼びかけれて未だ緊張する僕がいる。 「確かに働きっぱなしというか休息を全くとらないことはいけないよ。 だけど訓練はちゃんとした方が良い、と思う」 先ほどの会話を聞かれた後ろ暗さから、声がどんどんすぼんでいく。 ここは頭の固い奴ばっかなのかよ、ろくに人数も居ないのに規則だけは軍隊並みだな、軍隊 になんか入ったことないけどさ、とため息を吐きながらロックオンは帰って行った。 「タイミングの悪い人だ」 「良いんじゃないのか、本人にとっては」 「…どういうこと?」 「さぁな」 曖昧な表情をしてみせるティエリアにつられて、少し笑ってみた。 頬の筋肉が痛い。 僕の方がよっぽど無表情になったみたいだ。 きっと昔みたいに戻れるはずだけど。 「僕、謝ってくるよ」 「胡散臭いと思いました、ごめんなさい、とでも言うつもりか?」 冗談めかして言う彼に首肯して、横に振る。 「それもだけどね、きっとティエリア、君も思ってることも言ってくるよ」 「ロックオン、話がしたいんだ」 今、僕は彼の部屋の前に居る。 昔ならロックの解除は出来たし勝手に入って良いと彼は言っていたけれど、彼は違う人だ。 自分に言い聞かせる。 それにもう、暗証番号は変わっているに違いない。 いいぜ、と言う声と共にドアが開く。 彼はベッドに気だるそうにもたれかかっていた。 まだここに来て日が浅い。 宇宙生活に疲れたのかもしれない。 でも僕は知った。 言いたくないこと、やりたくないことをまるで相手を心配しているかのように見せかけて誤 魔化す、自分はそんな人間なんだと。 もう僕は、逃げない。 「さっきはごめんなさい。 貴方がロ…ニールと似ていると言われるのをあんまり好きじゃないってわかっているけど、 分かってるんだけどつい比べてしまうんだ。 出来るだけ早く治すから、ごめんなさい」 「もう慣れたさ、昔もそうだったしな」 頬笑みながら髪をかきあげる仕草に違和感を感じた。 「それに仲間である貴方を疑ってしまった」 本当に申し訳ないと思っているし言葉も出るのに、思考が逆再生を始める。 違和感の原因は何か―。 肘の少し下。 「注射の針の、痕」 あぁ、と彼は肯定する。 これのことか、と見せてきさえする。 脈絡のない話に何のためらいもなく返事をした。 後ろ暗いことなんて何も無いとでもいうのだろうか。 「軽いドラッグみたいなもんだ、普通だろ?」 お前もするか、と腕をとられる。 それを振り払った力は思いのほか強かった。 加減が出来なかった。 流れる記憶。 突き刺された点滴にチューブ。 フラッシュバックする痛み。 聞こえる断末魔の叫び。 「悪ぃ、こういうの嫌いな人種か」 言葉は謝罪なのに顔が謝っていない。 むしろ、笑っている。 からかうように。 本当に楽しそうに。 「身体に…障り、ますよ」 記憶を振りはらって、息も切れ切れに口に出した言葉。 「俺の人生そう長くはないから問題ない」 「法律上だって」 「テロリストに法律も何もないさ。 言っちまえば昨日飲んだコーヒーのカフェインや風邪薬だってドラッグの一種だ」 「それにさ…正気で戦争なんてやってられっかよ」 言葉に惑わされて、彼の動きを視認出来なかった。 気づけばのしかかれている。 突き飛ばそうと彼の胸板を押してみるも力が尋常じゃなくびくともしない。 「気分が楽になれて身体能力が上がる。 持続時間だって長い。 最高じゃないか、アレルヤ」 ティエリアの会話と彼の言うことがどんどん繋がっていく。 つまりこの力はドーピングの結果という訳か。 「僕は戦うために作られたような存在です。 だから貴方の言うことが分からない、だなんて言いません。 間違っても言えない。 それが誰であれ人が死にいく様は決して気持ちのいいものではない。 解っています。 僕だって戦争を…しているんですから。 だけど、これだけは言いきれます」 「貴方は間違っている」 「知ってるさ、とうの昔から」 自嘲気味に笑う彼の顔が酷く胸に刺さる。
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