=空蝉の空=
光なんて忘れた。 定時に開く扉はもう明かりでも何でもない。 ただ開いて閉じるだけ。 脳内で独り言を言っても返してくれる人はいない。 ひとり言を言おうとしても文字が紡げない。 こんなことを考えるからつらくなるんだと思って目を閉じた。 眠っている間は幸せだ。 まぶたの裏が赤くなって、目を開けた。 まだ開く時間じゃないはずだ。 誰かが僕に寄って来て、拘束具を外そうとしていた。 目を凝らしてみると見覚えのある髪だった。 もうすっかり青年になってしまっているけれど、ティエリアだと思う。 確認したくても口は拘束されていて、耳も塞がれているから情報が断片たりとも入って こない。 マスクのように被さっていた部分がとれた。 尋問されなくなって久しいので、外気に触れていなかった耳に空気が当たる。 「ティエ…リア?」 久々に聞いた自分の声はなんだかおかしかった。 第一、声が出にくい。 「アレルヤハプティズム。救出に来た」 「ありがとう」 次は上手く声が出た。 狭い通路を走る。 ずっと動かせずにいた足は鎖が絡まっているように走りにくいけれど、なんとかティエ リアの荷物にならないようについていく。 彼は変わっていた。 どう頑張っても追いつけない僕を見捨てずに居る。 それが例えヴェーダの指令でも脱落者は容赦なく谷底に突き落とす人間だったはずだ。 そして、連鎖するように思い出した。 何日か、何ヶ月か何年か。 僕はここ、人革連に囚われていたのだということに。 「今はいつ?」 そう聞こうとして止める。 そうじゃない、聞きたいことは他にあって最優先すべきことは― 「皆は?」 「この角を曲がったところに男が待機している」 銃弾が打ち出される音、硝煙の臭い。 ふと意識がそちらに向く。 角を曲がった。 「おっ。お姫様のご到着か」 死体で綺麗に反円が描かれている中点に位置する壁に銃を片手にもたれか かっていた。 ロックオンが。 「生きて、いたんですね」 乾いていたモノが急に潤されてあふれ出した。 涙が止まらない。 「話はあとだ、アレルヤハプティズム。 セラヴィー…モノトーンの方だ、座席の後ろに入れ。 ロックオンストラトス、貴方はセカンドフェイズに移行してください」 「了解」 聞きたいことは山ほどあったけど、生きているのだから話は別だ。 昔のように時間を少し見つけたら話そう。 「ところでティエリア、あれからどのくらい経った?」 「4年だ」 「そっかぁ…」 もう4年も経ったんだ。 久しぶりのガンダムは少し体が軋む。 体力づくりをやり直さなきゃいけないな。 なんせ4年だ。 世界はどうなった? 僕たちはどうしてる? 知らないことが多すぎて、意味もなく「そっかぁ」と繰り返す。 でも1つだけ分かったことがある。 ロックオンは死んでいなかった。 僕に喜びをくれた人。 僕に、愛をくれたあの人。 「ロックオンはさ、少し雰囲気が変わっていたね」 まだ、僕を愛してると言ってくれるだろうか。 少し不安になる。 4年ぶりの邂逅だというのに少しそっけなくはなかったか。 任務中だから仕方ないよね。 「4年だもんね、いつまでも同じわけないか」 「ロックオンは死んだ」 「さっき居たじゃないか」 確かにあの場所で僕たちを見送った。 そりゃてっきり死んでしまったと思っていたけれどきっと漂流していたところをうまく 見つけられたのだろう。 僕みたいに捕虜になっていたのかもしれない。 そっか、だから雰囲気が少しきつかったんだ。 「ロックオンは死んだんだ、4年前に」
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