=それはプロポーズのような何か= 「なァ」 空気は冷たく夜空は不自然なまでに透き通っている。 暖房もつけずに全開にした窓から煙管の煙が外へ流れる。 そんな世の喧騒からぽつりと切り離された空間に高杉の声が響いた。 「………」 返事は無い。 冷え切った体を気にしていないのか、高杉の服装はいつもよりなお帯でひっかかってい るだけだった。 風がまたひとつ吹いて肩から毒々しいまでの紅衣がずり落ちた。 「なァ」 月は馬鹿みたいに煌々と光を跳ね返している。 口から吐き出した紫煙がもくもくと月を覆う様を眺めつつ高杉はもう一度呼びかけた。 「………」 返事は、無い。 「なァって言ってんだろ、万斉」 「あ、拙者でござるか」 先に述べたことから分かる通り室温は外と大して変わらない。 燃えそうなほど火照っていた身体に冬の空気は冷たく風邪を引いては笑いものだと万斉 は高杉に一言断りを入れて布団に頭まで潜り込んでいた。 もちろん高杉に何度も体を冷やすなと注意しているが全裸同然の格好のまま座り込んで しまったので、寒いと言った時のために布団を懸命に温めている。 「ったく…他に誰が居るってんだよ」 溜息とともに煙を吐きだす。 そう、部屋には二人しかいなかった。 他には一組の布団とそれぞれの数少ない持ち物数点だけ。 「呼んでんだから返事くらいしろよ」 会話が続くことを察した万斉はもぞもぞと布団から顔を出した。 枕元に置いてあったヘッドホンを付けるのは忘れないが髪型が大変なことになってるこ とには気付いていない。 「拙者てっきり晋助は煙管と話しているのかと」 チラリと万斉の方を見た高杉は自分が見たことを瞬時に忘れ去ることに決め、窓の外に 視線を戻す。 「嘘だろ、それはねェだろ」 何にかかった言葉やら。 もちろん万斉の言葉にでは無い。 「なんだァ?俺は不思議ちゃんか」 バカだ、馬鹿だこいつという思いが高杉の頭から離れない。 「何か楽しいことでもあったでござるか」 お前の髪型だ。 「―冗談はさておき、月を呼んでると思ったのでござる」 「はぁ?」 万斉が突拍子もないことを言うのはいつものことなので高杉はあまり驚いていなかった。 「月ってのは比喩でござるよ」 「…お前の場合本気っぽいけどな」 常備のヘッドホンは電波を更新しているのではないかと思ったのは一度や二度では無い。 「月といえば美少女戦士であろう」 「なんでそうなんだよ。 一瞬でも真剣に聞こうと思った俺が馬鹿みたいだろ」 「冗談でござる」 「お前の冗談は空気が読めないどころじゃないな」 「そういえば近頃の女子高生は空気が読めないことをKYと言うらしいぞ」 「それ去年の流行語だろ」 「なんと。晋助、ギザクワシス」 アメダスの親戚か。 「なんか頭痛くなってきた」 「そんな恰好で居るからでござるよ」 ほら、と布団をめくり開いている場所を叩く姿に高杉は軽く殺意を覚えた。 入った布団は暖かくて右肩を下にして蹲るように寝転がる高杉の体を包み込む。 「月というのは仲間の意」 隣から聞こえてくる声はあいかわらず読めない。 ただ、仲間という言葉が引っ掛かった。 「とち狂って同士でも呼んでるって言いてぇのか」 頭の下にある方と逆の万斎の腕がのびてきて髪を撫でまわす。 「こら、触んな。 寝ぐせになったら面倒だろうが。 聞いてんのかコラ」 自分の寝癖に気づけない人間に通じるわけがないと高杉は気付いていない。 「嫌だなぁ、何をムキになっておるのだ晋助。 拙者はまた拙者やみたいなのを引き寄せてるのかと聞いただけなのに」 「てめェ、わざと紛らわしい言い方したな」 「はて、何のことやら」 隣にある顔は今にも口笛を吹いてごまかしそうだった。 「いちいち癇に障るヤローだな」 だいたい口笛で誤魔化すなんて一昔の漫画か。 「晋介…大胆」 背筋を這うような声音にもう一度万斎の顔を見ると頬が赤かった。 「頬を染めるな気色悪い。 何をどう聞き間違えた? ヤローか。犯ろうじゃねぇぞ馬鹿野郎」 「ほらまた」 嬉しそうに頭から腰にまわした手が着物の隙間から入り込んでくる。 「お前もう黙れや! 金輪際口を開けんな」 「それは無理な相談というものでござるよ」 高杉を撫でまわす手は止まらない。 「もぅお前ホントやだ。 死ねよ、死んでくれよ。 なんでこんな時だけまともなんだよ」 「拙者はいつもまともでござるよ? ―して、拙者を呼んだ用件は?」 「忘れた」 「下手な嘘ついて虚しくないでござるか?」 「下手で悪かったな」 いたずらな手の甲をつねった。 爪を立てながら。 「それが晋介の可愛いところだから直さないでもらいたい」 手の甲をさすりながら言われても鬱陶しいことこの上ない。 「やっぱ死んでくんねぇ?」 「じゃぁその手で殺して」 万斎の右側に置かれていた刀を身体の前、高杉と万斎の間に置かれる。 「誰が自分の手汚すかよ」 汚物にでも触れるように指でつまんで元あった場所に投げた。 「今更それをおぬしが言うか」 「うるせぇよ」 「ならば拙者、一生死ねないではないか」 「死ねよ、死にたがり」 -------------------------------------------------------------------------------- 甘ッ!自分で書いといてなんですが砂とかざらざらした何かを吐きだしそうです。 万斎と話したら高杉もかたなしと言うかかっこつけられません。 ペースはただひたすら乱されるのみ。 というか万高って親子ですよね。 <<