=ブルー・へヴン=


「ねぇ、土方さん」
 巡回中、特に異状なし。
 はびこってる天人どもが俺らに嘲笑を向けてきた数7回。
 俺らを避けて通る人波は常。
「土方さんってばっ」
 今度はどんな毒を思いついたのか声をかけてくる総悟1人。


「何だよ」
 とりあえず煙草に伸ばしかけた手をポケットに戻した。
「こんな大通りより路地裏の方がなんかやってる奴ってァ多いんじゃねぇんですかィ?」
 サボることしか考えてないはずの奴がまともなことを言った。


「まぁな」
「ほら、あんな道とか」
 指さす先には向こうの通りに確かにつながってるのに死角だらけの細道。
「行ってみましょうや」
 獲物の可能性を考えてか総悟の目が微かに光を孕んだ。


 さすがに並んで歩く幅は無かったので好奇心にあふれた総悟が前を行く。
 不法投棄されたに違いない冷蔵庫の前で急に総悟は立ち止った。
「おいっ、どうかしたか?」
 聞いてやると少しトーンを落としながら返事を返してきた。
「今、冷蔵庫と壁の隙間に何か見えやせんでしたか?」


 爆弾テロはこんな路地裏にしかけてる例が少なくはない。
 今すぐ爆発したらその時だが覗き込んでみた。
「そうか?別に何もないぞ」
「そうですね、あんたが冷蔵庫に張り付いてるだけですね」
 騙して笑う作戦か。
「本当、無防備で騙されやすいお方だ」
 こいつにしちゃ安穏とした悪戯だな。
 いや、背後でバズーカー構えてるんじゃねぇか・・・。


 振り向くと普通に奴は立っていた。
 なんだ、前者の方か。
 ホッとしたら総悟が一歩寄って来た。
 目線は合わない。
 俺の首ぐらいの高さを食い入るように見つめてる。


「なんだ、やっぱり何かあったか?」
 あまりに真剣な面持ちに緊張が走る。
「動かねぇでください」


 もう半歩、これ以上近寄れない位に歩みよってくる。
 あまりの近さに両足の間には総悟の右足が入ってる。
 動かないでじゃねぇよ、動けねぇよ。
 両手が伸びて指が首を掠める。
 そのまま絞められた。
 空気が辛うじて出るが必要量には程遠い。
 もがこうにも冷蔵庫と壁に阻まれる。


「だからあんたはいけねぇんだ」
 目が、剣を持った時と同じだ。
 でも口元は綻んでいる。
 何度となく殺されそうにはなったが直接攻撃されたのは初めてかもしれない。


「知ってますかィ?
 生命の危険にさらされると恋に落ちやすいんですよ」
 何の話をしている?
 良いからこの手を解け。
「タイタニックとかいい例ですよね」
 ありゃ感動したな。
 でも相手死んだだろ、あれは。


「あとね、ストックホルム症候群てのもありまさァ。
 自分の命を狙った犯罪者ともずっと一緒にいてたら好きになちまったりするんですって」
 そろそろやばい。
 力が抜けてきたが総悟の両手と右足で立つことを余儀なくされる。


 両手が離された。
 咳が出る。
 その代りに肩に力が加わった。
「何、すんだ」
「いやぁね、実験でさァ、実験」
 今度の目線は首より少し上だ。


 肩への負荷が少し増えたところに唇にぬるりとしたもの。
 と、総悟の顔のどアップ。
 先ほどと同じ言葉を繰り返そうとしたところに差し込まれた生暖かいもの。
 俺の舌と擦れて下腹に熱い摩擦を加える。



 ヤラレル。



 警告音と口から発せられる水音。
 頭の中で混沌と螺旋を描き、文字を作らせない。
 馬鹿になってしまいそうだ。
 今、俺は何を思っている?
 言葉が構成できない。


「土方さん、オレの右足にあたってるものの名前教えてくれません?」
 やっと深呼吸ができた。
 脳内に柔らかいものが駆け抜けていく。
「オレが今触ってるものはなーんだ?」
 下腹部に熱い電気が駆け抜けていく。
 力が抜けていく。


「放せ」
 今の俺じゃ力で敵わない。
 サディスティック王子が聞き入れてくれるわけのなことぐらい知っているのに。


「オレね、許せないんですさァ」
 唐突に語りだす穏やかな口調は棘を帯びている。
「簡単に人を信じてくれるあんたが」
 オレが嘘吐きって知ってるんでしょう?
 と、硬さを持ち出した俺自身を揉んでくる。
「やめろ」


「さっきの話、覚えてますか?」
 手は休まらない。
「両者の共通点は非日常的な生活を共有することなんでさァ」
 まぁ、効果は無かったみたいですけどねと総悟は自分を嘲笑う。


「もう身体に言うしか無さそうですよね。
 あ、動いたら潰しますよ、あんたのもの」
 ジッパーを見せつけるようにゆっくりおろし、腹部を露わにする。
 もちろん俺自身をにぎったままで。
 変に抵抗するにも路地裏。
 声を出して人をよせつけるわけにもいかない。


 総悟は豪勢な食卓にありつけたときのように舌なめずりをした。
 小さな紅い口を最大限に開き、咥えた。
 自分のものじゃない、声が出た。


「人、来やすぜ」
 息がかかり余計に硬度があがるのが自分でもわかる。
 声が出ないようにと口を閉じても鼻から漏れだすので袖で抑えた。
 わざと歯を当てられたりするとそれでも響く時がある。
 行きかう人々の声が嘘のように大きく感じる。


 裏筋を何回もなぞるようになめられてあと一回でもというところで口を離された。
 ご丁寧にイケないように握ってやがる。
「オレね、土方さんのこと好きなんでさァ」
 先ほどまであんなにギラギラしてた目がしおらしくこちらを見てくる。


「土方さんはオレのこと好きですよね」
「何勝手に―」
「じゃなきゃ淫乱ですか、あんたは」
 吐き捨てられた言葉に身が震えた。


「道端で男に舐められていきそうなあんたはオレが好きだから勃ってるんでしょ?」
 そう、なのか?
 どんどん自分が分からなくなっている。
 そうなのかもしれない。
 相手は男だ。
 いくら生理的な現象とはいえ気持ち悪くて萎えるのが普通なはずだ。
 経験はないが。


「土方さんの淫乱」
 もう一度吐き捨てられる。
 自分を守るために棘を持って。
 本当は目を伏せてうなだれているのに。


「答えてくだせぇ、オレのこと好きですかィ?」
「好きですよね?」
「好きって言わなきゃイかせませんよ?」
「好きって言ってくだせェ」
「人呼ばれてもいいんですか?」
「好きって言えよ!」


 熱に浮かされていた頭の中がクリアになった。
 溺れさせたいお前は既に俺に溺れてるって訳か。
 溺れてやるよコノヤロー。


「それってよぉ、出来事を共有しなきゃいけないんだよな、総悟」
 口をやっと開いた俺。
 対して総悟は嬉しそうな顔を見せまいとし、口の端だけをあげた笑いをしようとしている。
 素直じゃねぇな、俺ら。



「好きだ」



 伸ばした腕で首を絞めるふりをした。


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